« ボサノヴァ | メイン | 方広寺鐘銘事件 »

パルティア

パルティア(古典ギリシア語:Παρθία, 古典ラテン語:Parthia, 紀元前247年頃 - 228年)とは、カスピ海南東部、イラン高原東北部に興った王国である。ダーハ氏族の支流であるパルニ氏族を中心とした遊牧民の長、アルシャク(古典ギリシア語形:アルサケス)が建国した。

アルサケス朝(古典ギリシア語)、アルシャク朝(中世ペルシア語: Ashkâniân)とも呼ばれ、中国では張騫によって安息と音訳された。中世ペルシア語名「アルシャク」は古代ペルシア語形ではアルタクシャサで、アケメネス朝のアルタクシャサ王(古典ギリシア語形:アルタクセルクセス)に相当する名前である。パルテヤとも表記され。

古典ギリシア語ないしラテン語である「パルティア」は元々、パルティア王国の故地である東北イランのパルサワ(古代ペルシア語:Parthava)を転写した地名でしかないが、王国の領域は現在でいうアルメニア、イラク、グルジア、トルコ東部、シリア東部、トルクメニスタン、アフガニスタン、タジキスタン、パキスタン、クウェート、サウジアラビアのペルシャ湾岸部、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦の領域にまで拡大した。

マッサージ・老人ホーム関連ようこそ健康紹介
家電・癒し関連通販プラザ情報
家庭教師・楽器教室関連教育ひろば紹介
公園・宿泊施設関連旅の宿泊検索エンジン
バストアップ・フレグランス関連美容・エステサーチ
不動産・建売関連ビジネスワールド紹介
懸賞・損害保険関連暮し百科情報
成人病・老人ホーム関連健康・医療総合
花・贈り物関連お買い物ガイド
予備校・ビジネススクール関連暮らしの学習検索エンジン

最も初期の都はミトラダトケルタ、次いでカスピ海南岸のヘカトンピュロス、更に遷都してバビロニアのクテシフォン。歴代のパルティア王は「アルサケス」という称号を継承しており、初代王の個人名であったものが、後にパルティアの君主号として定着したものと言われている。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.benibana86.com/blog/mt-tb.cgi/1817

About

2009年04月25日 14:22に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「ボサノヴァ」です。

次の投稿は「方広寺鐘銘事件 」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35