2009年10月05日

免責事由

製造業者等は、製造物に欠陥があるとされた場合でも、以下のいずれかを証明したときには免責される(4条)。

開発危険の抗弁
製造物をその製造業者等が引き渡した時における科学・技術の知見(解釈上、その時点における最高水準の知見と解されている)によっては、欠陥があることを認識できなかった場合。このような場合に免責されないと新製品の開発意欲が削がれるとの考慮から、免責事由として採用された。
部品・原材料製造業者の抗弁
製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合に、その欠陥が専ら当該他の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつその欠陥が生じたことにつき過失がないこと。
懐かしい上野
記憶の行方
禁煙宣言
犬の生活
最新ITおススメ案内
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
例えば、テレビの部品に欠陥があったために火災があった場合、テレビの製造業者も部品の製造業者も本法にいう製造業者として、製造物責任を負う。しかし、部品の製造業者がテレビの製造業者の下請けの関係にあり、テレビの製造業者による設計・指示に従って部品が作られた場合は、部品の製造業者に製造物責任を負わせるのは酷である。そのためにこのような抗弁が認められる。

本法に基づく損害賠償請求権は、原則として、損害及び賠償義務者を知ったときから3年の消滅時効、または製造物を引き渡したときから10年の除斥期間により消滅する。

2009年10月02日

ローマ帝国の西方地域では

古代末期、ローマ帝国の西方地域では異民族が侵入したことで従来の統治システムが崩壊した。混乱する政府機能とは対照的に、教会は帝国西方において着々と地位と影響力を強めていった。この時期ローマ教皇はローマ司教というだけなく、ペトロの後継者としての権威によって他地域の教会へも及ぶ特別な位置を確保するに至った。さらに崩壊したローマ帝国の統治システムに代わって教会の広域ネットワークの重要性がいっそう増した。こうして教皇は教会ネットワークの「統治者」としてもろもろの地方権力者たちを上回る権威を持つようになった。他方、帝国東方では異民族の侵入による混乱の影響が少なく、コンスタンティノポリスには依然としてローマ皇帝が健在であったことから西方のように教会の権威が世俗権力のそれを上回ることにはならなかった。(このように同じキリスト教でもローマ帝国の東西の政治状況の違いによって微妙にその性格が変化していったことが、カトリック教会と正教会の分裂へとつながっていく。)
記憶の行方
禁煙宣言
犬の生活
最新ITおススメ案内
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
ありがとさん

正教会においてコンスタンティヌス1世は「イサポストロス」(亜使徒)と呼ばれるが、東ローマ帝国の後継者達もこの称号を保持した。12世紀の詩人プトコプロドロモスが、皇帝マヌエル1世コムネノスを詩の中で「キリストに似たる人(クリストミメートス)」と呼んでいること[1]からも、東ローマ帝国の教会における皇帝の位置づけがうかがえる。宮廷内の儀式等でも皇帝はキリストになぞらえられており、その権威・権力は強大なものであった。現在残されているモザイク画でも皇帝は光背を伴って描かれている。

2009年09月22日

ジャズ喫茶

ジャズ喫茶(ジャズきっさ)とは、主にジャズのSP・LPレコード音源をかけ、客は鑑賞を主目的として来店する形式の喫茶店。1950年代に始まり60年代に隆盛を迎え70年代に下火を向かえた。現在では音源の多様化、経営形態の多様化も見られる。

1950年代は輸入盤のジャズのLPは高価であったため、何千何万枚もの所蔵レコードがある店もあり、コーヒー一杯で本場のジャズのレコードを聴け、リクエストも受け付けてくれるジャズ喫茶はジャズファンやミュージシャンの溜まり場ともなっていた。現在プロとして著名な日本人ジャズミュージシャンの中にも「開店から閉店までコーヒー一杯でねばった」という人もいたという。(なお、一部グループ・サウンズ・ロカビリーなどのライブステージ主体の音楽喫茶もジャズ喫茶とよばれていた)
禁煙宣言
犬の生活
最新ITおススメ案内
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
ありがとさん
いろいろな星

当時ジャズ喫茶では家庭ではなかなか揃えることのできない高価なオーディオシステムを装備し音質の良さを店の特徴としたり、経営する「名物オヤジ」の独自のジャズ観・口調を売りにしていた店もあった。現在でもその傾向は一部の店で受け継がれている。また一部にはジャズ以外にもカントリー&ウェスタン、ロカビリー、グループ・サウンズ、ロックなど、幅広いジャンルの音楽を聴ける店もあった。なお、ジャズ喫茶は諸外国ではほとんど見あたらず、日本特有の形態であるとされる。近年ではレコード音源鑑賞を主とするジャズ喫茶は衰退し、経営形態が多様化、ジャズを聴きながら酒を呑むジャズバー、定期的にジャムセッションを開くジャズライブバー、若年層・女性をターゲットとするレストラン風の店などの多様化もみられる。

2009年09月03日

日本では同性結婚は

日本では、同性結婚は、憲法上認められていない。婚姻が男女のみに許されているということの条文上の根拠は、日本国憲法第24条1項の「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と規定していることなどが挙げられる。さらに、民法の婚姻に関する規定に男、女、父母、夫婦という表現が採用されていることや、戸籍法113条に基づく戸籍訂正を認める前提として、同性結婚は民法742条の「婚姻をする意思がないとき」に該当し無効であるという判例がある(佐賀家裁審判1999年1月7日家庭裁判月報51巻6号71頁)。「同性結婚は現状では違憲。憲法の改正なしには不可能」との見解が法学者の間では多数である。憲法改正は非常に困難なため、可能な措置として、パートナーシップ法など夫婦に準じる権利を同性カップルにも認める法律を制定し、夫婦としてでなく家族として籍の登録を認めることが代替策として考えられる。
最新ITおススメ案内
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
ありがとさん
いろいろな星
おかあさんといっしょ
おひるね花音ちゃん

実際に、最近では同性カップルの共有財産権などを、男女の内縁関係に類似した関係とみなし、ある程度は法律が保護するような判断を下した判決もあり、日本でも、同性カップルの権利が法的に全く無視されているとも言い切れないところもある。

また、1965年ごろまでは、日本の同性愛者は、伝統的なイエ(家)制度にならい、イエ(家)を継承する跡継ぎを設けるために、あるいは世間体を繕うために、同性愛者であっても異性と結婚することが多かった。

2009年08月21日

精米の無洗化処理を目的とした研米機

20世紀初頭頃には精米の無洗化処理を目的とした研米機が開発されていた。なめし皮やポリウレタンによる研磨方式、静電気を利用した静電分離方式のほか、精米機に噴風装置を組み込んだものもあった。一部は陸軍で「不洗米」として試用されたが、普及には至らなかった。無洗米は1955年ごろまでは淘(と)がない米という意味で不淘洗米と呼ばれることもあった。栄養学の創設者である佐伯矩が栄養の損失を理由に、「淘洗は精白にも優る米食人の禍根である」と、淘洗(とぎ洗い)を問題視している。

1977年、サタケが無洗米時代の先駆けとしてクリーンライト加湿精米装置を開発したが、実用に耐えるものではなく、必ずしも無洗米の実現という目的を達成していたとは言えない。
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
ありがとさん
いろいろな星
おかあさんといっしょ
おひるね花音ちゃん
ガッツの日記

1991年頃に新たな無洗米製造機が開発され、また同時期に東洋精米機製作所が「BG精米製法」を開発し、BG無洗米が登場し普及に弾みが付いた。

「無洗米」という名称について、NHK総合テレビの『お元気ですか日本列島』および同ラジオ第1の『ラジオほっとタイム』内のコーナー『気になることば』2008年2月27日の放送にて「『既洗米』と呼んだ方がいいのではないか」との意見が紹介された。

2009年08月07日

社会民主主義では

社会民主主義では、市場経済社会における議会制民主主義による改革や、平和革命を認めている。しかしマルクス主義ではこれらをブルジョア民主主義として否定する。更にマルクス・レーニン主義では各国共産党で民主集中制が採用された。続くスターリン主義では大規模な人権侵害が長期に継続し、スターリン批判で暴露された。これらは各国の共産党や支持者を含め議論となり、ユーロコミュニズムは民主主義を認めた。

このため自由主義者や民主主義者は「ソ連型社会主義は専制独裁的な反民主主義である」、「民主主義は人権である」と批判する。
時の河
春菊のブログ
笑顔の理由
人生ゲーム
青春アミーゴ
息子の虫歯
竹の子
東北・新生活応援
白馬の経済学
片道キップ
名犬チーズ
由比の九死一生
琉聖の男心と秋の空
莉央カラオケ一番
あさがおの花
ありがとさん
いろいろな星
おかあさんといっしょ
おひるね花音ちゃん
ガッツの日記

これへの反論には「社会主義国では大多数の国民は安定して暮らせている。政府批判は西側に扇動された者を含めたごく少数者である。」などがある。ただし政府批判者がごく少数者であるというのは、まさしく言論が抑圧されている事を意味し、批判に対する反論になっていない。

また、資本主義の側でも、ファシズム、マッカーシズム、開発独裁、反共を名目とし民主主義を蹂躙した独裁国家・軍事政権が存在し、民主主義を損なっているのは社会主義国家だけではないという反批判もある。

2009年07月31日

生物学の研究

生物学では、他の自然科学分野と同様に、記載・実験・理論といった科学的方法によって研究が行われる(ここでの「理論」は方法論としての理論を指す)。これらは独立したものではなく、それぞれが関連し合って一連の研究を形作る。

記載とは、詳細な観察に基づいて基礎となる事象を明らかにすることであり、研究において最も始めに行われる。生物種を同定するための形態学的観察をはじめとして、実験操作を加えない状態での発生現象や細胞構造の観察、生理条件下での生理活性物質の測定、ひいてはゲノムの解読も記載と言える。
英語の上達秘伝!
学べる東京の専門学校
休日の安いショッピング散歩
賢い消費者金融の見つけ方
おみくじ道のプロローグ
人材派遣の登録の仕方!
就職・転職ガイドの教え
美容サプリ情報案内
男道の格闘技、武術を学ぶ
全国制覇お笑い芸人誕生
特報・働くお父さんの求人情報
歴史の足跡魅力を紹介
アウトドアアイテムの紹介
旅行、観光は私におまかせ!
大冒険気になる仕事をチェック!
吉日の海外ツアー大作戦
めだかの探偵物語
ガイアの手術体験記
マザー離婚のタイミング
安い部屋探し
雑貨の世界紀行
家族でオートキャンプ

実験は人為的に操作を加えることにより通常と異なる条件を作り出し、その後の変化を観察・観測することで、生物に備わっている機構を解明しようとする実証主義的な試みである。突然変異の誘発や、遺伝子導入、移植実験などさまざまな手法を使う。現代生物学は実験生物学の性質が強くなっている。実験操作は科学的方法に基づき、対照実験や再現性の確認などにより、実験者の主観が除かれる必要がある。
一方、進化や生物圏レベルの生態学研究のように実験による証明が困難である場合は、様々な観測データや古生物の化石などを用い、比較や構造化など理論による説明を試みる。またバイオインフォマティクスのように膨大なデータを統合して理解しようとする場合も、理論によるアプローチに重点が置かれる。

2009年07月13日

速報の積極的活用

利活用の可能性については、文部科学省リーディングプロジェクト緊急地震速報の利活用の実証的調査・研究などにおいて先行的に調査が行なわれてきた。 今後も、各研究所・企業にてさまざまな方面に緊急地震速報を利活用していくシステムが考えられていくと思われる。

以下に例を記す。

列車の運転制御、高度道路交通システムへの速報の組み入れ、運転中の車両への通知や誘導、信号機制御や交通規制、空港での離発着規制、津波に備えた船舶への通知、津波に備えた水門の閉鎖の迅速化、施設内や人が多い場所での避難誘導・指示、家庭や職場などでの安全確保、電話などの通信回線の制御、エレベータや遊具などの制御、工場での稼働中システムの制御、医療や工事現場など危険性の高い場所での安全確保、電力系統・上下水道・都市ガスなどの制御など、多岐にわたる。
ダイエット日記に挑戦
スキューバダイビングを楽しむ生活を!
ゴルフパークへようこそ!
おもちゃの小部屋
スターライトのカーマニア
ガーデニングの箱
かわいいネイルでオシャレ
キャリアセンターのカッパさん
キャンプねっと。ファミリー特集!
おしゃれな女性ファッション
クチコミグルメランキング
くるくるクーポン情報
ゴルフに連れてって!
てのひらでDVDポータルぴあ
とっておきのアウトドアスポット
マーメイドの観光農園視察
インターネットストーリー
マイホームの掃除術伝授
ママの携帯電話アリーナ
モデルのポンポン活動報告
ルーキーのグルメ食べ歩き!
仮面自動車視察ツアーの案内

例にも書かれている津波には、このシステムが活用されることで大幅な時間短縮が期待されている。2007年3月の能登半島地震や同年7月の新潟県中越沖地震では津波注意報が発表されたが、緊急地震速報を活用したことで時間短縮がなされた。また、2008年7月に福島県沖で発生した地震でも、活用されたことにより発表までのタイムラグを約1分程度短縮できたという。短縮できる時間は最大2分程度で、地震発生からわずか1分で津波予報を発表できる可能性もある。

2009年07月04日

アスパルテーム

アスパルテーム(aspartame)[2]とは、アミノ酸由来の人工甘味料の一つである。フェニルアラニンのメチルエステルと、アスパラギン酸とがペプチド結合した構造を持つジペプチドのメチルエステルである。甘味は砂糖の約200倍。常温では白い結晶性の粉末である。CAS登録番号は[22839-47-0]。

アスパルテームは1965年にアメリカ合衆国のサール薬品が開発した。味の素が製法を開発し、世界的に製法特許を有している。日本やアメリカでは1983年に使用が認可されている。

主にローカロリーもしくはノンカロリーの飲料 (コーラなど) や食品に添加される。味は甘いが特有の後味がある。そのため、砂糖やアセスルファムカリウムやソルビトールなど他の甘味料とあわせて使用されることも多い。
ダイエット日記に挑戦
スキューバダイビングを楽しむ生活を!
ゴルフパークへようこそ!
おもちゃの小部屋
スターライトのカーマニア
ガーデニングの箱
かわいいネイルでオシャレ
キャリアセンターのカッパさん
キャンプねっと。ファミリー特集!
おしゃれな女性ファッション
クチコミグルメランキング
くるくるクーポン情報
ゴルフに連れてって!
てのひらでDVDポータルぴあ
とっておきのアウトドアスポット
マーメイドの観光農園視察
インターネットストーリー
マイホームの掃除術伝授
ママの携帯電話アリーナ
モデルのポンポン活動報告
ルーキーのグルメ食べ歩き!
仮面自動車視察ツアーの案内

人工甘味料であるため、その安全性については使用が認可される前から多くの研究や議論があった。使用が認可され需要が定着した今でも意見が分かれている。しかし、現在に至るまで人の健康への実害は指摘されていない。
日本では前述のとおり、1983年に食品添加物として認可された。旧厚生省は天然に存在しない添加物に分類している[3]。パルスイート™などの商品に含まれている。アスパルテームを使用した食品や添加物には「L-フェニルアラニン化合物である旨又はこれを含む旨の表示」義務がある。


2009年06月14日

アフリカの女性達を支えるシアバター

ブルキナファソで、1990年に女性達に読み書きを教える団体「Songtaab-Yalgre Association」が設立された。だが読み書きを覚えても生活の手だてがないため、団体は彼女達に現金収入をもたらすためにシアバターの製造に取りかかった。現在、女性達は自身の手で団体運営を行い、シアバターの製造で得た収益を分配している。同国の2004年から2007年のシアバター生産高は年間20トンで、綿に次ぐ主要な輸出品となっている[2][6]。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

国連開発計画 (UNDP) は2007年、日本政府の支援を受けて、ガーナで特に貧しい地域である北部州のサナリグ地区とワレワレ地区にて「北部ガーナにおけるシアバター産業支援を通じた現地女性のエンパワーメントと貧困削減」プロジェクトを始めた。シアバター産業によって女性の地位や生活水準を向上させることを目的とした活動が2年間行われる[7][8]。また2008年、福田康夫内閣総理大臣はダボス会議で特別講演をした際に、この日本政府による支援活動は地方経済を活性化できた好例であると語った[9]。

企業との取引 [編集]
西アフリカを旅行中に現地の女性の肌の美しさに気付き、シアバターを知ることとなったロクシタンの創業者オリビエ・ボーサンは、1992年にシアバターをそのまま商品として発売した。その後女性協同組合と提携し共同でシアバターの製造を行うこととなった[6][10][11]。

ロクシタンがシアバターを商品化した1992年は、ザ・ボディショップの創業者アニータ・ロディックがガーナ北部の市場でシアバターと出会った年でもあった。手作業で作られるシアバターの品質の高さと現地女性の情熱に惹かれたアニータは、2年後にガーナのタマレ地区のトゥンテイヤ・シアバター女性組合と契約し、コミュニティトレードを始めた。また、製粉機とナッツを割る設備を組合に提供した。地域の女性達は安定した収入と、ビジネスの基礎知識、地域社会での発言権を獲得することとなった。また収益によって10の学校が建設され、校内の設備費や教員を確保するための資金にもなった。安全な水道水や公衆トイレの設備向上にも使われた[12][13]。

日本の企業では、生活の木が日本貿易振興機構 (JETRO) による西部アフリカ油脂加工産業育成プログラムに参加。2005年から2006年にかけて同社常務取締役の宇田川僚一がシアバター専門家としてガーナ北部ノーザン州に2度赴き、シアバター石鹸工房の設立を手がけると共に現地の女性グループへ石鹸製造指導を行った[5][14]。

いずれの企業も現在も取り組みを続けており、現地で作られたシアバターをもとに商品を販売し、現地の女性達に利益をもたらしている。

生産と輸出の推移 [編集]
1980年代以降、ヨーロッパ諸国や日本、アメリカへのシアバターの輸出が活発になり、生産が盛んになった。1980年の時点で、西アフリカ7カ国[15]では合計346,713トンのシアナッツが生産され、そのうち81,863トンが輸出されていた[16]。その後、輸出は1985年に102,168トンとなってピークを迎え、1995年には生産が656,465トンまで増加した一方で輸出は47,596トンに減少している。2000年代には生産量は安定するようになり、2002年の生産量は645,000トン、輸出量は70,215トンとなっている[16]。2002年の時点ではナイジェリアが最大の生産国で、世界全体の生産量の57.1%を占める。一方、輸出量が最も多いのはガーナで、世界全体の39.3%を占めている