2009年06月14日

アフリカの女性達を支えるシアバター

ブルキナファソで、1990年に女性達に読み書きを教える団体「Songtaab-Yalgre Association」が設立された。だが読み書きを覚えても生活の手だてがないため、団体は彼女達に現金収入をもたらすためにシアバターの製造に取りかかった。現在、女性達は自身の手で団体運営を行い、シアバターの製造で得た収益を分配している。同国の2004年から2007年のシアバター生産高は年間20トンで、綿に次ぐ主要な輸出品となっている[2][6]。
星と光たち
オリンピックの驚き
海のお話
ウサギの秘密
めの付く言葉
音楽歴史
まの付く言葉
バレンタインデー
たばこ禁煙
酒に飲まれて
皮膚科学
為替
アーチェリー
ボイスドラマ
九州
カポエラ
ビオトープ
縄跳び
包装
ソフトボール

国連開発計画 (UNDP) は2007年、日本政府の支援を受けて、ガーナで特に貧しい地域である北部州のサナリグ地区とワレワレ地区にて「北部ガーナにおけるシアバター産業支援を通じた現地女性のエンパワーメントと貧困削減」プロジェクトを始めた。シアバター産業によって女性の地位や生活水準を向上させることを目的とした活動が2年間行われる[7][8]。また2008年、福田康夫内閣総理大臣はダボス会議で特別講演をした際に、この日本政府による支援活動は地方経済を活性化できた好例であると語った[9]。

企業との取引 [編集]
西アフリカを旅行中に現地の女性の肌の美しさに気付き、シアバターを知ることとなったロクシタンの創業者オリビエ・ボーサンは、1992年にシアバターをそのまま商品として発売した。その後女性協同組合と提携し共同でシアバターの製造を行うこととなった[6][10][11]。

ロクシタンがシアバターを商品化した1992年は、ザ・ボディショップの創業者アニータ・ロディックがガーナ北部の市場でシアバターと出会った年でもあった。手作業で作られるシアバターの品質の高さと現地女性の情熱に惹かれたアニータは、2年後にガーナのタマレ地区のトゥンテイヤ・シアバター女性組合と契約し、コミュニティトレードを始めた。また、製粉機とナッツを割る設備を組合に提供した。地域の女性達は安定した収入と、ビジネスの基礎知識、地域社会での発言権を獲得することとなった。また収益によって10の学校が建設され、校内の設備費や教員を確保するための資金にもなった。安全な水道水や公衆トイレの設備向上にも使われた[12][13]。

日本の企業では、生活の木が日本貿易振興機構 (JETRO) による西部アフリカ油脂加工産業育成プログラムに参加。2005年から2006年にかけて同社常務取締役の宇田川僚一がシアバター専門家としてガーナ北部ノーザン州に2度赴き、シアバター石鹸工房の設立を手がけると共に現地の女性グループへ石鹸製造指導を行った[5][14]。

いずれの企業も現在も取り組みを続けており、現地で作られたシアバターをもとに商品を販売し、現地の女性達に利益をもたらしている。

生産と輸出の推移 [編集]
1980年代以降、ヨーロッパ諸国や日本、アメリカへのシアバターの輸出が活発になり、生産が盛んになった。1980年の時点で、西アフリカ7カ国[15]では合計346,713トンのシアナッツが生産され、そのうち81,863トンが輸出されていた[16]。その後、輸出は1985年に102,168トンとなってピークを迎え、1995年には生産が656,465トンまで増加した一方で輸出は47,596トンに減少している。2000年代には生産量は安定するようになり、2002年の生産量は645,000トン、輸出量は70,215トンとなっている[16]。2002年の時点ではナイジェリアが最大の生産国で、世界全体の生産量の57.1%を占める。一方、輸出量が最も多いのはガーナで、世界全体の39.3%を占めている

2009年05月29日

方広寺鐘銘事件

豊臣氏は家康の勧めで慶長19年(1614年)4月に方広寺を再建しており、8月3日に大仏殿の開眼供養を行なうことにした。ところが家康は、方広寺の梵鐘の銘文中に不吉な語があると供養を差し止めた。問題とされたのは「国家安康」・「君臣豊楽・子孫殷昌」・「右僕射源朝臣」の部分であった。「国家安康」を「家康の名を分断して呪詛する言葉」とし、「君臣豊楽・子孫殷昌」を豊臣氏を君として子孫の殷昌を楽しむとした。更に「右僕射源朝臣」については、「家康を射るという言葉だ」と非難したのである。こちらは完全な言いがかりであり、「右僕射源朝臣」の本来の意味は、右僕射(右大臣の唐名)源家康という意味である。

さらに8月18日、京都五山の長老たちに鐘銘の解釈を行わせた結果、五山の僧侶たちは家康の影響力を恐れて、「みなこの銘中に国家安康の一句、御名を犯す事尤不敬とすべし。」(徳川実紀)と返答したという。
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これに対して豊臣氏は家老・片桐且元と鐘銘を作成した文英清韓を駿府に派遣し、家康に弁明を試みた。ところが、家康は会見すら拒否し、逆に清韓を拘束し、且元を大坂へ返した。且元は、秀頼の大坂城退去などを提案し妥協を図ったが、豊臣氏は拒否。そして、豊臣氏が9月26日に且元を家康と内通しているとして追放すると、家康は豊臣氏が浪人を集めて軍備を増強していることを理由に、豊臣氏に宣戦布告したのである。

この事件は、豊臣氏攻撃の口実とするため、家康が崇伝,林羅山らと画策して問題化させたものであるとの考え方が一般的であった。しかし、清韓自身が家康の諱を「かくし題」とした意識的な撰文であると弁明しており、上記のとおり、五山の僧の答申はいずれも諱を避けなかったことについて問題視している。当時、基本的に諱で呼ぶ事が出来るのは両親、主君そして敵であり、通常は名字+官職名もしくは通名等で呼び諱で呼ぶことは非常に無礼なことであった事を考えると、家康側が全面的にこじつけたものではなく、豊臣側の軽率な行為が付け入る隙を与えたという性格の方が強い。

その後も鐘は鋳潰されることもなく方広寺境内に残されている(重要文化財)。

2009年04月25日

パルティア

パルティア(古典ギリシア語:Παρθία, 古典ラテン語:Parthia, 紀元前247年頃 - 228年)とは、カスピ海南東部、イラン高原東北部に興った王国である。ダーハ氏族の支流であるパルニ氏族を中心とした遊牧民の長、アルシャク(古典ギリシア語形:アルサケス)が建国した。

アルサケス朝(古典ギリシア語)、アルシャク朝(中世ペルシア語: Ashkâniân)とも呼ばれ、中国では張騫によって安息と音訳された。中世ペルシア語名「アルシャク」は古代ペルシア語形ではアルタクシャサで、アケメネス朝のアルタクシャサ王(古典ギリシア語形:アルタクセルクセス)に相当する名前である。パルテヤとも表記され。

古典ギリシア語ないしラテン語である「パルティア」は元々、パルティア王国の故地である東北イランのパルサワ(古代ペルシア語:Parthava)を転写した地名でしかないが、王国の領域は現在でいうアルメニア、イラク、グルジア、トルコ東部、シリア東部、トルクメニスタン、アフガニスタン、タジキスタン、パキスタン、クウェート、サウジアラビアのペルシャ湾岸部、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦の領域にまで拡大した。

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最も初期の都はミトラダトケルタ、次いでカスピ海南岸のヘカトンピュロス、更に遷都してバビロニアのクテシフォン。歴代のパルティア王は「アルサケス」という称号を継承しており、初代王の個人名であったものが、後にパルティアの君主号として定着したものと言われている。

2009年04月09日

ボサノヴァ

ボサノヴァ(Bp:Bossa Nova)は、ブラジル音楽の様式(ジャンル)のひとつである。ボサノバとも表記されることも多い。なお、ブラジル本国における発音に従うと、ボサ・ノーヴァがより正確なカタカナ表記である。

Bossa Novaの"Nova"とはポルトガル語で「新しい」、"Bossa"とは「隆起、こぶ」を意味する。したがって"Bossa Nova"とは「新しい傾向」「新しい感覚」などというような意味になる。なお"Bossa"という語は、既に1930〜1940年代に黒人サンビスタなどがサンバ音楽に関する俗語として、他とは違った独特な質感をもつ作品を作る人に対して「あいつのサンバにゃボサがある」などと使い、それらの楽曲を"Samba de Bossa"などと呼んでいた。

1950年代後半、リオ・デ・ジャネイロのコパカバーナやイパネマといった海岸地区に住む中産階級の学生やミュージシャンたちによって生み出された。ブラジルでは特に1958年にアントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ジ・モラエスが作曲し、大歌手エリゼッチ・カルドーゾが歌い、スタジオでギターの吹き込みなどを担当する、所謂スタジオミュージシャンをするようになっていたジョアン・ジルベルトがバックでヴィオラゥン(ナイロン弦のクラシックギター)を弾いた“Chega de Saudade”(シェガ・ジ・サウダージ、邦題:想いあふれて)のレコードによって知られるようになり人気を博した。

サンバやショーロをはじめとするブラジルの伝統的な大衆音楽、特にサンバ・カンサゥン(Samba Canção)を基に、中産階級の若者たちの求めていた心地よく洗練されたサウンド、「新しい感覚」のサンバとして成立した。ボサノヴァをジャズの一部と見るなど様々な見方もあるが、少なくとも本来のボサノヴァはサンバの一種であると定義されており、それまでのブラジル音楽の流れを変えたといわれる。

なお一口にボサノヴァといってもミュージシャンによってその作風は多様で、例えば公的には上記1958年の"Chega de Saudade"がボサノヴァ第1号といわれるが、それより以前の1953年、ジョビン&ヴィニシウス作品でジョニー・アルフが歌った“Rapaz de Bem”(邦題:心優しい青年)を真のボサノヴァ第1号とする説もある。アルフの場合はジャズに影響された作風を持っているのが特徴で、ジョアン・ジルベルトなどとは明らかにスタイルが異なっていることが理解できる。

しかし、1964年にブラジルにおいてカステロ・ブランコ大統領による軍事政権が誕生すると、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルなどのトロピカリア・ムーブメントなどにより、愛や自然を歌うものから体制を批判するものに変化していった。

歴史 [編集]

ボサノヴァの誕生 [編集]
1950年代中期、リオ・デ・ジャネイロに在住していた若手ミュージシャンたちによって創始された。

ボサノヴァ誕生の中心となった人物として、作編曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)、歌手でギタリストでもあったジョアン・ジルベルト、ブラジル政府の外交官にしてジャーナリストも兼ねた異色の詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスらが挙げられる。

ボサノヴァの誕生には、ジョアンは幾日もバスルームに閉じこもってギターを鳴らす試行錯誤の末、それまでにないスタイルのギター奏法を編み出すことに成功したという逸話が残っているが、その際、変奏的なジャズや抑制された曲調のサンバであるサンバ・カンサゥン(1950年前後に発展した)、バイーア州周辺で発展したバチーダというギター奏法の影響は無視できない。彼を中心とするミュージシャンらの間で、1956年から1957年頃、ボサノヴァの原型が形作られ、発展したものと見られている。

1958年、モライスが作詞、ジョビンが作曲した「Chega de Saudade(想いあふれて)」が、大歌手であるエリゼッチ・カルドーゾによってレコーディングされ、その際ジョアン・ジルベルトがバックのギター演奏で最初のボサノヴァレコードとして発表された。翌年にはジョアンのアルバムにもレコーディングされ発売された。喜怒哀楽もあらわに、ドラマティックに歌われるのが常であったブラジル音楽の系譜において、つぶやくように歌われるこの新しいスタイルは当初、違和感をもって迎えられたが、抑制されたメロディーと洗練された詞は、従来のブラジル音楽に飽き足らなかった若者たちの心をとらえ、やがて広く受け入れられた。なお、このレコーディングの際、新人のジョアンがすでに大歌手だったエリゼッチの歌唱に何度もダメ出しして注文をつけたというエピソードが残っている。

「ボサノヴァ」(「新しいタイプの才能」)という言葉が確認されるのは、ジョビンとニュウトン・メンドンサが共作したヒット曲“Desafinado”(ヂサフィナード、訳:調子っぱずれ、1958年)の詞の一節で、ほどなくしてこれらの音楽を総称する言葉となった。“Desafinado”という題名自体、ボサノヴァにおける強いアマチュアリズムの影響を思わせるものである。実際、多くのボサノヴァ作曲者たちは、ギターを抱えて自作の歌を弾き語った。本来歌い手ではない彼らのささやくような歌唱は、ラテン音楽において優位を占めていた、大きな声量による朗々たる歌唱とはかけ離れたものであったが、ボサノヴァにはむしろ非常に合った歌唱法であった。彼らは歌い方の面でもまた、一つの新しい在り方を示したのである。

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2009年03月25日

運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通

運転保安装置は全線で乗り入れ先各線と共通の1号型ATSを採用していたが、2009年(平成21年)2月14日よりC-ATSに更新した。検車区は久里浜の車両管理区を中心に金沢検車区と新町検車区を加え計3か所を有する。

土木設備 [編集]
路線はかつての軌道線や地方鉄道に由来するため地上を走行する区間が多かったが、各地で立体交差化が進んでいる。近年は弘明寺 - 上大岡間の高架化や空港線の一部地下化が行われた。しかしながら、関東南部の大手民鉄では珍しく東京都区内においても主要道路に踏切が存在する。特に京急蒲田周辺では第一京浜や環状八号線に跨るため慢性的な交通渋滞の要因となっており、2017年(平成29年)の完成を予定して連続立体交差化工事が行われている。

旅客案内施設 [編集]
大規模な駅には発車時刻や行先などを表示するLED式表示装置、液晶式表示装置や反転フラップ式案内表示機が導入され、品川駅や横浜駅などでは自動放送装置も導入されている。ドア数や車両数の違いや分割・併合の多さ、先着などの案内が複雑なため主要駅への自動放送装置導入には消極的だったが、詳細なアナウンスができるシステムが構築され、駅員によるアナウンスと遜色のない細やかな情報が提供されることが特徴である。

その他、接近する列車の種別が表示される簡易案内装置が多くの駅で導入されている。あくまで接近列車の種別を示すもので、JRのATOSのように次発列車の時刻・種別を案内するものではない。当初は機械式だったが、現在はLED式となっている。また、併せて列車接近自動放送(通過・停車別)が導入されている駅も多い。品川駅と京急蒲田駅では発着の多い羽田空港行の列車について羽田空港駅での出口案内も合わせて行う。また、2008年(平成20年)11月18日より「京急駅メロディ大募集」として同年7月に一般公募により決定したご当地ソングが京急線内主要17駅(品川・青物横丁・立会川・平和島・京急蒲田・羽田空港・京急川崎・横浜・上大岡・金沢文庫・金沢八景・新逗子・横須賀中央・堀ノ内・浦賀・京急久里浜・三崎口)で、列車接近案内音(駅メロディ)として使用される予定であり、すでに一部の駅で使用が開始されている(それぞれの駅の採用曲は発車メロディ#接近メロディの項目を参照)。なお、青物横丁・立会川・平和島の各駅では使用開始と合わせてLED式・液晶式の2種類の表示装置が導入される。

ホームで駅員が監視業務をしていない駅では車掌がワイヤレスマイクを通じて駅ホームスピーカーを使い(一部の京成車は車外スピーカーで直接)、種別、行先、ドア閉めの告知をしており、笛や発車ブザーによる発車案内は主要駅を除き省略されている。通過待ちをする列車の乗務員はホームに立ち通過監視を行うほか、車掌による発車時のホーム監視は8両編成以下の場合乗務員室扉を開けて行う。

また、車両は羽田空港・浦賀・新逗子・三崎口寄りを1号車とし、品川寄りを大きい数字(12両編成の場合12号車、8両編成の場合8号車)としている。

駅務施設 [編集]
自動券売機は現在すべてがタッチパネル式多機能券売機となっているが、PASMOの導入に合わせてPASMO対応への改造が行われた。一部には定期券発行機能(新規含む)が搭載され、利便性向上を図っている。1994年(平成6年)4月1日には独自のストアードフェアシステムを導入し、対応するルトランカードの販売・利用が開始された。一方でパスネットの利用開始は機器更新が間に合わず、2000年(平成12年)10月14日のサービス開始時には導入せず2001年(平成13年)以降の予定としていたが、羽田空港駅開業に伴う乗客増加に対応すべく、2000年12月20日に前倒しで導入した(ただし導入当時は対応自動改札機が限定されていた)。

特定運賃
JR線との競合のため、品川 - 横浜で290円、品川 - 京急川崎、京急川崎 - 横浜で220円の特定運賃を設定。
これに伴い、品川 - 神奈川・仲木戸、北品川・新馬場 - 横浜などの区間でも特定運賃を適用。
加算運賃
羽田空港発着の運賃は170円を加算。
天空橋 - 羽田空港のみの利用は加算運賃なし。
糀谷・大鳥居・穴守稲荷 - 羽田空港は300円、京急蒲田 - 羽田空港は330円の特定運賃。
加算運賃減額区間があるため、下に挙げる割引運賃適用区間以外への運賃は天空橋駅で乗車区間を分割した方が安くなる。
割引運賃
羽田空港 - 都営線各駅の運賃は、大人60円・小児30円の割引。
都営線を経由して東京メトロ線各駅との運賃は、都営線・東京メトロ線間の連絡特殊割引(大人70円)を適用。
羽田空港 - 都営線・京成線経由で北総鉄道北総線各駅までの運賃は、大人80円・小児40円の割引。
羽田空港 - 京成線空港第2ビル・成田空港の運賃は、大人90円・小児50円の割引。
品川 - 新馬場の各駅と泉岳寺を経由して都営浅草線大門 - 五反田、泉岳寺・三田を経由して都営三田線白金高輪 - 芝公園の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。
子安 - 日ノ出町の各駅(横浜を除く)とみなとみらい線新高島 - 馬車道の各駅との運賃は、大人20円・小児10円の割引。

割引乗車券 [編集]
京浜急行線は、沿線に三浦半島、横浜といった有名観光地や羽田空港を擁し、観光客を始めとする利用者に向けて様々な割引乗車券を発売している。

三浦半島1DAYきっぷ/三浦半島2DAYきっぷ
京急本線金沢文庫駅 - 浦賀駅、逗子線・久里浜線全線及び三浦半島エリアの京浜急行バス指定区間が乗降自由、三浦半島の各種施設の優待特典が付く。各々1日ないし2日間有効。以前は横須賀市内エリアをフリー区間に収めたものも発売していた。
東京1DAYきっぷ
京急線乗車駅 - 品川駅の往復乗車券と、フリー区間となる京急線泉岳寺駅 - 品川駅及び東京都交通局(都営地下鉄・都営バス・都電・日暮里・舎人ライナー)が乗降自由。1日間有効。以前は「TOKYO探索きっぷ」の名称で発売していた。
横浜1DAYきっぷ
京急線横浜駅 - 上大岡駅及び横浜市営地下鉄ブルーライン横浜駅 - 上大岡駅(ただし阪東橋 - 弘明寺では途中乗降不可)、みなとみらい線全線、横浜市営バス(横浜都心部の一部区間)が乗降自由。1日間有効。
平和島温泉クアハウスきっぷ
乗車駅 - 平和島駅の往復乗車券と「平和島温泉クアハウス」の入場割引券。2日間有効。
弘明寺みうら湯きっぷ
乗車駅 - 弘明寺駅の往復乗車券と「みうら湯弘明寺店」の入場割引券。2日間有効。
東京湾フェリー往復きっぷ
京急線乗車駅 - 京急久里浜駅及び京急久里浜駅 - 久里浜港の京急バスと、久里浜港 - 金谷港の東京湾フェリー往復乗車券。4日間有効。
京急羽田・ちか鉄共通パス
京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営・東京地下鉄共通一日乗車券。羽田空港駅でのみ発売。
東京トラベル1DAYパス
京急線羽田空港駅 - 泉岳寺駅の片道乗車券と都営地下鉄共通一日乗車券。羽田空港駅でのみ発売。
空の旅おでかけキップ
京急線羽田空港駅 - 東武本線各駅(一部除く)の割引乗車券。1日間有効。羽田空港駅でのみ発売。
羽得キップ
関東地区を除く近畿日本ツーリスト窓口のみ発売。京急線羽田空港駅 - 泉岳寺または横浜駅の往復割引乗車券。9日間有効。

ユーティ つくだ ジャー まんご アンプ マガジン マッコリ だいせん センダン チコリー ノアアク フェイント ホーム フロッタ マリ幸運 ナンヨウ ジブル おれが オーシャ ディフェ メッシュ ナツユ ふくべそ しもごう ギャルド リング リビア キウイフル ローティー ニュース ニアピン モーター ジュアル マイナー ガント ビーム ツーリズム レクラニ ハイフ センサ メチエ バイパス クール おたる ビリー ジャンプ トロール モホス プチトマト はかま

2009年03月09日

レンミンカイネンの母は彼の死を察し

レンミンカイネンの母は彼の死を察し、ポホヨラへ走り、彼の行方を訪ねた。女主人は何度がごまかそうとするが、詰問されて答える。母は彼の行方を尋ね回り、やがて彼が川に落ちたことを知る。彼女はイルマリネンに頼んで熊手を作らせ、それで川底を漁り、息子の破片を集め、つなぎあわせて元の姿とした。しかし、彼はものも言わなかったので、特に軟膏を作り、ようやく彼は元に戻った。彼と母は自国に戻った。

第16章?第17章:ワイナミョイネンの船造り
ワイナミョイネンは船を造ろうとする。ペッレルボイネンが彼のために木を探す。それを以て船を造ったが、水に漕ぎ出す呪文が分からない。彼はそれを求めてマナラの太古の館(死後の世界)へ向かい、言葉を求めるが得られなかった。彼の帰還を邪魔するもの達を、魔法で眠らせたり、姿を変えたりして逃れ、帰国する(第16章)。彼は次にビプネンから言葉を聞き出そうと考え、イルマリネンに鉄の防具を作らせ、ビプネンの口の中に侵入した。ワイナミョイネンは船を造って彼の腸内を探り回り、やがて腹の中に鍛治場を作り、大いに働いた。ビプネンはこれに驚き、多くの呪文で彼を排除しようとする。しかしワイナミョイネンが逃げ出さないので、あきらめて彼に多くの言葉を教え、彼はビプネンの口を出る(第17章)。

第18章:イルマリネンの求婚
ワイナミョイネンはポホヨラの娘に求婚するために船を出した。それを知ったイルマリネンの妹アンニッキは兄にそれを伝えた。イルマリネンはあわてて身支度をし、橇で彼を追った。両者は力づくで娘を奪うことはしないと約束し、ポホヨラへ向かった。ポホヨラの女主人はやってくるのが求婚者2人と知ると、娘にどっちを選ぶか尋ね、娘は若いイルマリネンの方がいいと答える。最初にワイナミョイネンが到着し、求婚するが、娘は拒否する(第18章)。

第19章:イルマリネンと課題
イルマリネンは女主人に娘を求めると、彼女はその前に蝮の畑を耕して来るように求める。彼は娘のところに行って相談すると、娘は金の鋤と銀の鋤を鍛えるよう教える。彼をこれを作り上げ、畑を耕した。次にトゥオニの熊とマナラの狼をつないで来ることを求められる。娘に相談し、鋼の轡と鉄の馬ろくを作るよう教えられ、これをやり遂げる。さらにトゥオネラの川から川カマスを取って来ることを求められ、娘に鷲を作ってそれにやらせるよう教えられる。彼は鷲を作り出し、鷲はカマスを食い殺す。ずたずたのカマスに文句がつくが、彼は改めて娘を求めた。ついに女主人はこれを認め、手打ちの歌を歌う。ワイナミョイネンは自分が老齢であることを認め、今後は老人が若い娘をもらわぬよう戒めた。

婚礼の準備に巨大な牛が殺され、ビールが作られる。お客が招待されるが、レンミンカイネンは招待されなかった(第20章)。婚礼が始まる。歌い手としてワイナミョイネンが大いに歌う(第21章)。宴は盛り上がり、いよいよ花嫁が花婿に引き渡される。花嫁は生まれ育った場所から引き離されることを嘆く。家政婦が彼女がいなくなること、これからの苦労を悲しむ歌を歌う。子供が激励の歌を歌う(第22章)。花嫁の心掛けを説く言葉が告げられる。老婆は自分の過去を振り返り、その苦労などを語る(第23章)。婿に対しても心掛けが説かれ、嫁を大事にするように告げられる。そして花嫁の決別の歌が歌われ、いよいよイルマリネンは花嫁を橇に迎える。橇はイルマリネンの家に向かった(第24章)。実家では橇を待ち構え、花婿の帰還と花嫁の到着を歓迎する。歓迎の宴が行われ、出席者が次々に讃えられる。それからワイナミョイネンは橇に乗って故郷に向かうが、橇が壊れたので、トゥオネラの錐を手にいれるためにトゥオネラに赴き、帰還した(第25章)。

この部分は、結婚に関する祭礼などの歌を集めたものである。導入などにリョンロットの創作した部分がある。

第26章?第27章:レンミンカイネンのポホヨラ行
レンミンカイネンは自分が招待されない婚礼があったことを知る。すぐに畑をなげうち、着飾って呼ばれぬ宴会に行くことを決意する。母や妻が押し止どめるが聞かない。母はその行路に三つの死があると、また到着した地で三つの死があると言い聞かせる。しかし彼は武具を身につけ、出掛けた。予告どおりの危機をすべて脱して、彼は宴会に向かった(26章)。彼は宴会に押し入り、そこで主人と魔法比べをする。さらに主人との決闘に勝ち、彼を殺す。女主人は怒って武者を多数呼び出し、彼を囲んだ(27章)。

第28章?第29章:レンミンカイネンの逃走
レンミンカイネンは家を逃げ出し、鷲に姿を変えた。ポホヨラの主人は鷹になって追う。レンミンカイネンは自分の家に逃げ込んだ。母に聞かれて自分が主人を殺して追われていることを伝えた。母は、彼が二度と戦に出ないという誓いを立てさせた後、海原の小島に隠れるよう勧める(第28章)。レンミンカイネンは食料を船に積んで出発する。島には乙女がいたので、彼が尋ねると、隠れるのはいいが開墾する場所はないと答える。彼は魔法の歌を歌って皆に御馳走を振るまって気に入られ、村中の女に手をつけた。ただ一人、醜い娘だけを相手にしなかった。レンミンカイネンは旅に出る気になって船出の用意をしていると、彼女が現れ、自分を相手にしなければ座礁させる旨を告げる。それを無視して、ふと気が付けば、村中の男たちが彼を殺す準備をしていた。レンミンカイネンは逃げようとしたが、既に船は焼かれていた。あわてて魔法で船を作り出し、旅立った。娘たちは泣いて見送った。レンミンカイネンは故郷に帰った。彼が故郷に帰って見ると、家がなくなっていた。ポホヨラの主人に攻撃された後であった。しかし、幸い母は無事で近くに小さな家を建てていた。彼は大いに喜んだ(第29章)。

第30章:レンミンカイネンとティエラ
レンミンカイネンは復讐のために戦に出ることを決める。そこで友人のティエラを誘うことにした。彼の家族は反対したが、彼はレンミンカイネンとともに出発した。船を進めると、ポホヨラの主人は魔法で氷を張らせ、船は壊れる。彼らは魔法で馬を出し、進行する。しかし、寒さのために進めない。

第31章?第33章:クッレルヴォの誕生と成長
ウンタモとカレルヴォはちょっとしたことからいがみ合うようになり、ついにウンタモはカレルヴォとその一党を滅ぼし、一人の女をつれ去った。その女が生んだのがクッレルヴォであった。彼は非常に力強く成長した。父のことを強く恨みに思っていることを知ったウンタモは、彼を殺すことを試みたが、水に浸けても火で焼いても死ななかった。そこで彼を奴隷の子として育てた。しかし彼はどんな仕事もこなせず、子守をさせれば子供を殺し、開墾をさせれば畑も材木も壊れた。ウンタモは彼をイルマリネンのところへ売り払った(第31章)。クッレルヴォは牧童をすることになった。主婦は家畜を送り出す歌を歌った(第32章)。昼になり飯を食おうとすると、パンの中に石が入っていて父の形見の小刀を折ってしまう。彼は怒り、牛を殺し、熊と狼を牛に歌い変え、それを連れて戻った。主婦は牛の世話をしようとして熊と狼に襲われて死んだ(第33章)。

第34章?第35章:クッレルヴォの帰還
クッレルヴォはすぐさまイルマリネンの家から逃走し、荒野を放浪した。ところが、ここで通りかかった人から両親が健在であることを聞かされ、そのもとへと向かった。母親は喜び、家族の消息を説明し、妹が行方不明であると知らせる(第34章)。彼は両親の元で働いたが、やはりうまくこなせず、舟をこげば櫂受けを壊し、網打ちをすれば網ごと粉砕した。そこで旅には慣れているだろうと税金を納めに行くことになった。その帰り、彼はとある娘を橇に誘い、一夜を共にした。翌朝、互いの名乗りをしてみると、彼女は行方不明の妹だった。彼女は川に身を投げて自殺した。彼は自殺しようとするが、母が止めた。彼は考え直し、ウンタモ一族を滅ぼす決意をする(第35章)。
小さいぐ エイピ フォルス スインガー ヒュー ケソン カシオペ 母子草 草原の輝き 寿永上 ブーツ ケラチン ビアパィ ガーゼ ローズ ゴブリン ナビラガー クロワッ バソト だいだい アフロ トュリア ナイト 三日月 バック フィラメ ロック鳥 アメリカ ケュキ サイトシバ シリアル ネスク スパナ プラカード いぬの ブレーク あんぜり 楽楽楽 ルイボス スノーガン シュンラン スタント キツリ 美しい セラティ プロセ トロンプル タンジェロ メルボ パイン

第36章:クッレルヴォの最期
クッレルヴォは出征の準備をする。彼は皆に別れの挨拶をするが、母親以外はさほど悲しまない。彼が出発すると、追いかけて使者がきて、家族全員の死を順に知られる。彼は突き放して答えるが、母に対してだけは大いに嘆く。彼はウンタモ一族を滅ぼし、故郷に帰った。そこには空き家だけがあった。彼は泣いた。それから食料を探しに森に入って、気が付くと、そこは妹が死んだ場所だった。彼は刀で胸を突いて自殺した。それを聞いたワイナミョイネンは後世に向け、子供の育て方を誤らないようにと語った。

第37章:黄金の花嫁
イルマリネンは、妻の死を大いに悲しみ、3ヶ月間泣き明かした後、金と銀で花嫁を作ることを思いつく。3度目に彼は黄金の花嫁を作り出したが、彼女は動くことも話すこともなく、抱いて寝ると冷たかった。彼はこれをワイナミョイネンに送ることにし、運んで行ったが、ワイナミョイネンはこれを拒否した。

第38章:イルマリネン2度目の求婚旅行
イルマリネンは再びポホヨラに向かい、娘を求めた。女主人は娘の死を聞いて怒り、二度と娘はやらないと告げた。彼は娘に直接に願ったが拒否され、とうとう娘をさらって家を飛び出した。娘は怒り、悲しみ、許しをこうたが彼は聞かず、ある村に飛び込んだ時、彼は疲れて寝てしまった。目を覚ますと、娘は他の男と楽しんでいた。イルマリネンは怒り悲しみ、娘を鴎に歌い変えた。

イルマリネンは自分の国へ帰ると、ワイナミョイネンに出会い、ワイナミョイネンは彼にポホヨラの暮らしはどうだったかを訪ねた。彼は「向こうにはサンポがあるから幸せに暮らしている」と告げた。

第39章:サンポ奪回へ
ワイナミョイネンはイルマリネンにサンポ奪回を持ちかける。イルマリネンはワイナミョイネンに刀を作る。自分のためには鎧を作った。彼らは木の船を見つけ、船の願いに沿って、漕ぎ手として若者と乙女、それに老人の集団を出した。若者と乙女は力弱く、老人は少しましだったが船足は遅く、ついにイルマリネンが漕いだ。レンミンカイネンはこの船を見つけ、目的を聞くとこれに参加することを求め、船に乗り込んだ。

第40章?第41章:カンテレ
船は巨大なカマスの背に座礁し、レンミンカイネンはこれを倒そうとして海に落ち、イルマリネンは切りつけたが刀を折った。ワイナミョイネンは刀でカマスを殺した。皆で料理して食った後、ワイナミョイネンは残りの骨からカンテレを作った。弾こうとしたがだれにも弾けなかった。ワイナミョイネンはポホヨラには弾けるものがいるかもしれないと、これをポホヨラに送った。その地では多くの人が弾けたが、その音は喜ばしくなかった。楽器は再び作り手に戻された(第40章)。ワイナミョイネンはカンテレを演奏した。すべての動物がこれを聞きに集まった。妖精たちも聞き惚れた。聞いた人間はすべて涙を流した。ワイナミョイネン自らも涙を流した。その涙は海に沈んで真珠となった(第41章)。

2009年02月21日

ラファール (航空機)

ラファール(フランス語: Rafale)は、フランスのダッソー社が開発した軍用機である
ザッハトル イレギ センス トラン アセム パッチャー スボタ キノン オキシライドト スモッキ けご ミント メタル チェーン ターダム ショーロ サドル キッザニ サーチシー マルタ デスマーチ インターン エーゲ海 モンキ ラムハサ さつまいも リンカーン さわらび ほうおう えんどう じょう シンチ バーゼル スピン ラテライト 寒椿 チャモロ ゆうが ノルデ スコープ ヒレニ ファージ ジグソ デッキ リクス アルル フェイジョア エーカー 有頂天外 トチノキ

フランス空軍・海軍でマルチロール機として運用されている戦闘機。当初、フランスはイギリス、ドイツとの共同開発で欧州戦闘機開発を行っていたが、政治的理由(後述)で脱退。その後、単独で開発に着手し、完成させたのが同機である。クロースカップルドデルタ (close coupled canard/delta) と呼ばれる無尾翼デルタ式にカナードを組み合わせた翼を持つ。機体名称は、フランス語で「疾風、突風」の意味。

1980年代初め西ヨーロッパ諸国で戦闘機を共同開発をする計画があがり、当初フランスもその計画に参加していた。この戦闘機はフランス以外の国では陸上発進戦闘機として使用するため機体サイズに制約はなかったが、当時は欧州各国で唯一フランスだけがCTOL型航空母艦を保有しており、その艦上機としての運用も考えていたフランスは機体サイズに関するフランス案の採用を求めていた。空軍はミラージュF1とミラージュ2000、海軍はシュペルエタンダールとLYV F-8Eの後継機をそれぞれ必要としており、前者を戦術作戦機 (Avion de Combat Tactique: ACT)、後者を海軍作戦機 (Avion de Combat Marine: ACM) と呼び、空軍海軍両軍はACTとACMを共同で試作用作戦機 (Avion de Combat Experimenatal: ACX) として開発することにした。これが後のラファールの原型である。

また、フランスは国産のエンジンに執着しており、SNECMA社のM88エンジン(推力17000ポンド)の採用を強く主張した[注 1]。しかし、フランス以外の国ではより高性能な国際共同開発のユーロジェット EJ200を搭載するということで話がまとまってきており、機体規模なりの出力しかないM88エンジンが採用される可能性はほぼ皆無となっていた。当時SNECMA社は経営が思わしくなく、自社のエンジンをこの戦闘機に乗せられるかどうかに会社の存亡がかかっているといっても過言ではなく、フランスは自国の産業を守る意味でもM88採用可否は死活問題であった。フランスは最後まで空母運用能力にこだわり、関係各国で粘り強く話し合いが続けられていたが、結局フランスは最後まで妥協を拒み1985年7月に共同開発計画から脱退、8月には自国での戦闘機開発を進める事を決定した。これによりイギリスのBAe社とドイツのMBB社は共同でECA(欧州作戦機)の開発をすることにし、この計画で開発されたのが後のユーロファイター タイフーンである。

こうしてフランスは自国で新戦闘機開発を行うこととなり新戦闘機の就役時期は1990年代後半を想定して開発作業を行っていった。単独での兵器開発は、共同開発に比べ開発費がかさむというデメリットはあるが、逆に国家間での調整がいらないために作業自体はスムーズに進める事ができ、タイフーンの開発がごたついているのを尻目に順調に開発は進んでいった。

ラファールのデモンストレーター機は量産型とは若干異なり、サイズは量産型より一回り大きく、エンジンも当初はSNECMAのM88の予定であったが開発が間に合わず、M88よりも大型なアメリカGE社製のF404を搭載していた(これにより、収容スペースを確保するため大型化した)。ACXは自重9t程で、対空戦闘には空対空ミサイルを6発、空対地戦闘には3,500kgの兵装を搭載でき、作戦行動半径650kmの性能を持つ機体としてフランスは指定、1983年初頭にACXデモンストレーターに「ラファール」と命名。当初はデモンストレーターは2機の予定であったが、結局1機のみとなり1984年3月に起工した[注 2]。ラファールA(ナンバーは"01")がロールアウトするのは1985年12月14日であった。地上試験後、ラファールAは1986年7月4日に初飛行し、8月8日に進空するEAPへの対抗意識が先立ったか、この飛行でマッハ1・3の超音速飛行を実施、数日後にマッハ1・8を記録する(アメリカの場合、初飛行では降着装置を作動させたまま、制限付きで飛行することが多い)。また、この記録はF404エンジンのおかげとも言える。

ラファールAは1986年9月、イギリスで行われたファーンボロ航空ショーで一般公開された(EAPも参加)。この段階で言うならば、BAeが独断専行で開発を進めたEAPよりもラファールの方が完成度が高く、M88ではなくF404を搭載していれば、タイフーンを上回る機体であった可能性がある。しかし、フランスには旧式空母クレマンソー、フォッシュや現役の原子力空母シャルル・ド・ゴールも小型空母であるため、ACMには小型空母でも運用が容易な機体が求められるなどの空海軍統合運用の問題が有ったため、M88エンジンを搭載した小型機にこだわっていた[注 3]。ラファールAは1987年4月30日に空母クレマンソーへのアプローチ試験を実施した。1988年7月4日から8日にかけ、姉妹艦のフォッシュも使用し、85回のアプローチ試験を行う。また、1989年にはクレマンソー、フォッシュ両艦で92回行われた。これと並行し、300回以上も陸上飛行場でも空母着艦を想定した試験が行われた。これら試験の結果、シュペルエタンダールよりも9km/h遅い222km/hでアプローチ可能なことを証明した。1989年4月、デジタル操縦システムの試験を開始、7月12日に完了。完了した段階で飛行回数460回(飛行時間:430時間50分)を超えた。この間、ラファールは最大AOA(迎え角)が32°、最小速度148km/h、低高度最大速度1390km/hを記録。このままでも実戦投入可能な段階となった。1990年2月にラファールAは右エンジンをF404からM88-2に変更。試験飛行を再開する。さらに3月には左エンジンも変更し、推力不足に陥るが、ラファールAは試験飛行を繰り返し、1992年10月30日に飛行回数708回(飛行時間:約1000時間)に達する。その後、867回目のフライトを最後に、1994年1月24日退役。オルレアン近郊のシャトード空軍基地に保管されている。

ジョン・C・ステニス艦上のラファールMしかし、冷戦の終結による国防予算削減の影響により、計画は次第に遅れが出始めた。また、配備数も当初空軍がミラージュ 2000の後継として250機(C型: 225機、B型: 25機)、海軍がF-8E (FN)とシュペルエタンダールの後継としてM型86機導入する予定であったが、空軍は234機(C型: 95機、B型: 139機)、海軍はM型60機に削減された。なお、空軍の配備数内訳で複座型の割合が増えているが、これは複合任務を行うには複座が適しているとのことからである。また、現在海軍では同様の理由から導入する60機のうちの25機を複座型のラファール Nとする計画もある。

現在、ラファールは海軍型であるラファール Mを重点的に生産している。これは空軍が使用しているミラージュ 2000に比べ、海軍が空母で使用していたF-8E (FN) の老朽化が激しく早急に更新を進める必要があるためである。2001年以降、シャルル・ド・ゴールに搭載されている。

機体
ラファールは、カナードを装備した無尾翼デルタ翼機である。後退角は45度で非常に穏やかな形状をしており、翼端をカットした台形型のクリップデルタである。低翼機は地上からのクリアランスが小さくなるため、ミサイルをはじめとした大型兵装が搭載しづらいなどの欠点があり、それを補うために中翼配置を採用、主翼の付け根の前方の延長線上にカナードを装備した。いわゆるクロースカップルド・デルタ配置になっている[注 4]。前部胴体は内側にへこんだ逆三角形型をしており、空気取り入れ口はそのへこんだ部分に楕円形のような形で左右2か所設けられている。正面の形状からして、レーダー反射断面積が小さそうな形状をしており、実際タイフーンよりも多少はステルス性がある。エンジンは双発型で、非常にコンパクトにまとめられている。武装は、翼端にミサイルランチャーがある。静的安定性弱化がなされており、フライ・バイ・ワイヤにより操縦が行われている。縦方向の制御には、カナードと内側のエレボンの双方を用いる。インテイクは、カナード直前の下部にあり、固定式である。インテイク前の機体形状は独特の曲線で構成されている。

事故
2007年12月6日にEC 1/7 "Provence"(サンディジエ空軍基地)所属の機体が夜間訓練飛行中に就役以来初の墜落事故を起こしている。

輸出
ラファールは輸出にも積極的で各国への売込みを行っており、比較的高い評価を得ているが、政治環境や契約内容により導入が決定した例は少ない。

採用国
リビア
2007年12月上旬に10機 - 14機の導入が確定したとして、フランスのメディアが報道した。

提案・計画
大韓民国
F-4D/Eの後継となる戦闘機としてF-15K(F-15Eの改良型)、Su-35、ユーロファイター タイフーンとともに提案され、選考の結果タイフーンとSu-35が落とされラファールとF-15Kとの一騎打ちとなった。最終選考ではF-15Kよりラファールの方が総合的な性能は優れているとの評価を得たが、政治的な問題からF-15Kが採用されラファールは採用されなかった。
シンガポール
A-4SUの後継としてF-15T(F-15Eの改良型)、タイフーンとともに提案された。選考の結果、能力面と導入時期に不安を抱えるタイフーンが落とされ、F-15T(SG)との一騎打ちとなったが、F-15T (SG) の採用が決定した。
日本
F-4EJ改の後続の戦闘機として、F-15FX、F/A-18E/F、ユーロファイター タイフーン、F-35、F-22Aと共に候補にあげられている。しかしダッソー社は採用の可能性が低いとして提案をしていないため、採用は不可能。

モロッコ
ミラージュ F1やノースロップF-5の後継として提案されている。対抗馬はF-16、提案内容はラファール24機もしくはラファールとミラージュ2000を12機ずつと言われている。

派生型
ラファールA
ハリー・S・トルーマン艦上のラファールMラファールA
技術デモンストレーター機。詳細はラファール (航空機)#開発の経緯を参照。
ラファールB
空軍向けの複座型。
ラファールC
空軍向けの単座型。
ラファールD
量産型の俗称(ステルス性能向上型)。
ラファールM
海軍向けの単座型。空母艦載機。
ラファールN
海軍向けの複座型。空母艦載機。予算削減のためキャンセル。

スペック
ラファール A

乗員: 1名
全長: 15.8m
翼幅: 11.2m
全高: 5.18m
翼面積: 47m2
自重:
運用時重量:
最大離陸重量: 不明
動力: GE社 F404 ターボファンエンジン×2
推力:
巡航速度:
巡航マッハ数:
最大速度:
最大マッハ数:
最大行動範囲:
上昇限度:
翼面荷重:
上昇率:
推力 / 重量:
固定武装: なし
アビオニクス:
乗員: 1-2名
全長: 15.30m (50ft 2in)
翼幅: 10.90m (35ft 9in)
全高: 5.34m (17ft 6in)
翼面積: 46m2 (495ft2)
自重: 9,060kg (19,975lb)
運用時重量: 14,710kg (32,430lb)
最大離陸重量: 21,500kg (47,400lb)
動力: SNECMA製 M88-2 ターボファンエンジン×2
推力: 16,870lbf, 75kN(A/B)×2
巡航速度:
巡航マッハ数:
最大速度: 2,125km/h (1,147kt)
最大マッハ数: Mach 2.0
戦闘行動半径: 1,850km (1,000nm)
上昇限度: 16,750m (55,000ft)
上昇率:
翼面荷重: 65.5lb/ft2 (320kg/m2)
推力 / 重量: 1.2
固定武装: 30mm機関砲 1門
アビオニクス:

2009年02月04日

柳生一族党首に受け継がれる幼名

柳生十兵衛(キャプチャーモデル:故 松田優作 声:大森達也(ハードボイルド工藤))
本作の主人公。柳生一族初代当主、また柳生新陰流の開祖(後の柳生石舟斎宗厳)。
本作では「十兵衛」とは柳生一族党首に受け継がれる幼名という設定であり、一般的に「柳生十兵衛」と呼ばれる柳生十兵衛三巌の祖父に当たる。
鬼の一族の血が流れており、鬼の力に目覚めた後は故郷を蹂躙した仇敵・信長を討つ旅に出る。新によると、旅を終えた後柳生の庄を再建し、鬼ノ目を持つ女性と結婚した模様。
新では、柳生一族の頭領として名前だけ登場。3での十兵衛の風間において信長を倒した後の消息は不明と記されていたが、新での柳生十兵衛茜の話ぶりから推測するに柳生の庄に戻って暮らしている模様。孫娘、柳生十兵衛茜に、一族を裏切って出奔した息子、柳生宗矩の討伐を託す。
小谷のお邑(声:沢海陽子)
ダイオード とろろ ステレ フトジス ノックス ノンス アーメン 承和 シデコ 人生情け ファイ ユーザン ナンテン マージ モカ トタン ジャフ シナジー バレリアン 刀根早 ネコ マニラ 赤信号 バイレ ストライ シロカイン ランタイ 初瀬の舞 フック イーメール コースター オジギソウ スマー スワッピン しかみ おおや キャッ ジオイ チャー オーボエ アーガム テレコ おおよど スイート マークート フロッグマン ドオル コース オリーブ どんぐり

通称オユウ。自らを浅井家・小谷城ゆかりの者と名乗る女剣士。
この時代には珍しい、西洋風の鎧甲冑や武器で武装している。
その正体は信長の妹で浅井長政の妻、お市の方。信長が浅井家を滅ぼそうとしていると知り、単身今圧を経由して岐阜城へと乗り込むが彼女に執着している籐吉郎に捕まったところを十兵衛に助けられる。その後は彼と共に戦い、恋心を抱くが最後には実兄である信長と戦わせまいとした十兵衛から小谷城へ戻るよう言われ、別れる。
新によると、信長亡き後柴田勝家と再婚し、勝家が賤ヶ岳の戦いで籐吉郎改め秀吉に敗れた後、北ノ庄城陥落の折に勝家と共に自害した。
風魔小太郎(声:石田彰)
通称コタロウ。北条家お抱えの忍軍・風魔忍郡の若き頭目。
各地で殺戮を続ける信長から同胞を守るため、先手を打ちに単身出郷。今圧で十兵衛と出会う。
母は彼を捨てたと伝えられていたが、本当は我が子を忍者にさせぬよう風魔の里から逃がそうとして殺されていた。その悲しみから目を背けようとした結果、女嫌いになる。
オユウのことを、当初は信長の手先ではないかと敵視していたが、後に和解。ルートによっては、幻魔塔でも彼女を助けるが、その直後にギンガムファッツの攻撃を受け、オユウに「子供達の所に帰ってあげてくれ」と言い残し、絶命する。
なお、小太郎の名は個人名ではなく、忍郡の頭領に代々受け継がれる呼称。
雑賀孫市(声:咲野俊介)
通称マゴイチ。紀伊雑賀鉄砲軍団の頭領。銃の名手であるが、剣技にも長ける。
常に新たな知識を取り入れることを重要視し、書物を読むことに余念が無い。
新では隠居後にお初に鉄砲を教えた師匠として、名前だけ登場。ちなみに、この時の頭領は彼の名を継いだ2代目雑賀孫一である。
安国寺恵瓊(声:塩屋浩三(2)、石住昭彦(無頼伝))
通称エケイ。宝蔵院流槍術の名手と名高い僧侶。仏門の身でありながら酒と金と女に目が無い。
過去に武士だった頃、妻と娘を失ったことから一国一城の主となることを夢見ており、その実現の為ならどんな事をも厭わない。
ルートによっては吉川元治の誘いを受け、毛利家に仕官する。
高女(声:田中敦子)
信長に襲撃された柳生の庄に戻ってきた十兵衛の前に現れた女性。見た目は人間だが、蛇の様な下半身を持つ。その正体は鬼の一族の1人にして、若き日の十兵衛の父家厳と出会い、十兵衛を生んだ母親。十兵衛の中に眠る鬼の力を目覚めさせる。
信長に逆らったということでジュジュドーマに襲われて重傷を負い、十兵衛やオユウの眼前にて息を引き取る。しかし、その後も霊になって十兵衛を見守り、鬼ヶ島にて十兵衛を助けようと奮闘していたオユウの前に姿を現す。
織田信長(声:大塚明夫)
フォーティンブラスが左馬介に倒された後、混乱する幻魔達を束ね自らが幻魔王となる。
今圧の金山で集めた金を材料に黄金魔神像を造り、そこから発する洗脳の念波で人間の支配を目論む。

鬼武者3
明智左馬介秀満(キャプチャーモデル・声:金城武)
第一作に次いで登場。鬼武者。
左馬介の存在は幻魔の脅威となっている。
信長を討つため本能寺に攻め込んだ際、時のねじれに巻き込まれ現代パリに飛ばされる。
長い修練により鬼の力をコントロールできるようになっている。
隠しコスチュームが2種類存在する。左馬介は1種類目は普通の顔で受け入れるが、2種類目は明らかに嫌そうな顔をして受け入れる。
ジャック・ブラン(キャプチャーモデル・声:ジャン・レノ 日本語声:菅生隆之)
本作第二の主人公。フランス対外安全保障総管理局(DGSE)第29SA所属。
時のねじれに巻き込まれ、左馬介と入れかわる形で戦国時代の日本に飛ばされる。
ジャックにも隠しコスチュームが1種類存在する。
ミシェル・オベール(声:浅川悠)
フランス陸軍中尉。ジャックの婚約者。
異国に投げ出され、勝手の分からぬ左馬介を様々な面で支援してくれる。果敢な性格の持ち主。
ミシェルにも隠しコスチュームが用意されているが出現させるのが困難である。しかし努力して出現させる価値はある。
アンリ・ブラン(声:矢島晶子)
ジャックの息子。言動の端々にまだ幼さを残す10歳。
コンピューターの扱いや数学的素養に関しては大人顔負けである。
あるステージでは戦闘に参加することがあり、たまに石を投げる。(大したダメージは期待できない)
また、幻魔の攻撃が当たっても何もなかったかのように行動を続ける。
阿児(あこ)(声:南央美)
カラス天狗の少女。神通力的な能力や時空跳躍能力を持つ。しかしジャックをおっさん呼ばわりしたりと口が悪い。
現代と戦国時代を行き来し、左馬介・ジャックをサポートする。
本多平八郎忠勝(声:玄田哲章)
徳川家康の家臣。情に厚く剛直な性格。
主君が信長と同盟関係が故に不本意ながら幻魔に加勢、ジャック達と対立する。
フィリップ
ジャックの同僚にして、親友。
パリを幻魔が襲撃した際部隊を率いて出動するが、幻魔の攻撃で部隊は全滅し、彼も重傷を負う。その直後、ジャックと共に戦国時代の日本、比叡山へと飛ばされ、「死ぬときは妻と娘の前と決めていたのに・・・」と言い、ジャックの眼前で絶命した。
明智光秀(声:若本規夫)
左馬介の叔父で、主君でもある織田家家臣の武将。
左馬介と密かに連絡を取り合い、本能寺にて合流後信長に挑む。
本作では、本能寺の変における光秀の謀反は、信長や蘭丸に既に見破られていたという設定。
新では亡き光秀を弔った明智塚が京の都に登場。ここでは光秀の魂がある役割を果たす。
虎屋(奥田啓人)
幻魔の襲撃で閑散とした堺を拠点とする、織田家御用達の豪商。
織田家の命に従い、物品を指定の場所に納品したり、幻魔南蛮船で港に寄港する幻魔と取引をしていた。また、時のねじれの影響で未来からタイムスリップしてきた物を収集している。
みのおやじ (声:浜田賢二)
第一作に出てきたみのおやじと同一人物。
主人公(左馬介、ジャック)を魔空空間へ連れて行く力を持つ。
海底神殿、モン・サン・ミッシェル、鬼屋敷(難しい以上のみ)、エッフェル塔(難しい以上のみ)、本能寺に出現。
新で名前だけ再登場の際には、伝説の赤き鬼武者(左馬介)と出会ったことで一躍有名になり、子供を身籠もった女と結婚するらしい(できちゃった結婚と思われる)。

新 鬼武者 DAWN OF DREAMS
結城秀康 ―灰燼の蒼鬼―(声:楠田敏之)
黒き鬼の力を持つ、最強にして最悪の戦士。
かつては自らを嫌う実父徳川家康から豊臣秀吉に人質として差し出され、養子となり武将として活躍するが、結城家当主として大陸へ出兵しそこで地獄のごとき戦場を目の当たりにする。これを機に剣を捨てようとするが秀吉の野望を知り、堺を襲撃する幻魔を相手に剣を振るい戦う。それから2年後の1598年、秀吉による「醍醐の花見」が催されそうとする中ただ一人幻魔樹を焼き払い幻魔を倒す旅に出る。
二本の大太刀を自在に振るい、鬼神の如きその様から「灰燼の蒼鬼(かいじんのそうき)」と呼ばれる。
お初との会話によると、結城家当主や下総国領主としての役割は、影武者にした双子の弟永見貞愛に託している。貞愛自身が理想の国を作るとやる気になっていることや、秀吉が元養子であった秀康に背かれているということで、面目に傷が付くことを恐れてか、影武者の件は一般には秘匿されている。
柳生十兵衛 茜(声:ゆかな)
十兵衛の名を受け継ぐ、秀でた剣才を持つ少女。鬼武者2に登場した柳生十兵衛の孫に当たる。
柳生一族で希に出現する鬼ノ眼を持って生まれ、柳生制剛流抜刀術免許皆伝。
一族を裏切った柳生宗矩を捜して諸国を巡る旅の途中、桜を狩る物の怪の噂を聞き、駿河の原の街道へ立ち寄り、そこで蒼鬼と出会う。
お初(声:小林沙苗)
豊臣秀吉の側室である淀殿の妹で、鬼武者2に登場したオユウの(義理の)娘。
蒼鬼とは幼馴染でもある。秀吉への忠誠を誓い、柳生宗矩と行動をともにしつつ、秀吉の下をはなれた彼の行方を探している。
だがその身体は、蒼鬼や彼女を監視するべく、秀吉や宗矩によって幻魔蟲を宿されていた。
姉夫婦の間に秀頼が生まれてから豹変した二人に、深く心を痛める。
蒼鬼に一途な恋心を抱いているが、幻魔蟲によって、悲しい葛藤を強いられることになる。
隠居した雑賀衆の元頭領雑賀孫一から直々に銃の扱いを学んでいたため、幻魔を相手にして真っ向から立ち向かえるほどの腕を持つ。また彼女はオユウことお市の方との直接の血のつながりはないが、並みの幻魔を超越する幻魔に近い力の持ち主で、しかもその技はお市の方の兄織田信長に近いものがある。
ロベルト・フロイス(声:羽多野渉)
イスパニア人の父と日本人の母の間に生まれた宣教師。
養父であるルイス・フロイスに裏切られ、多くの同胞を失ったことから、憎しみに捕らわれた復讐の鬼と化す。復讐の矛先が蒼鬼たちと共通するところにあったため行動を共にするようになる。
元々かなり大柄な体格である事に加えて、正気に戻っていた時のルイス・フロイスの手によって腕に「破魔の勾玉」なる物を埋め込まれているため、武器らしい武器を持たずとも拳による打撃で幻魔を倒すことが可能。天海曰く、その力が秀吉の野望を阻止するために必要不可欠な存在となるようだ。
南光坊天海(声:石川英郎)
比叡山延暦寺に住む謎の僧。
豊臣秀吉の野望を知り、それを阻止せんと鬼の力を持つ者を探す旅へ出る。
その正体は僧侶となり比叡山で鬼の力を封印した明智左馬介。篭手は以前と同じ物を装備している。
なお、実在の僧としての天海には、明智光秀かその縁の者と言う説があり、設定もそれに則っている。
本作ではキャプチャーモデルがいないためその顔立ちはスロット版鬼武者3の左馬介に近いものとなっている。
みの吉(声:玉川紗己子)
蒼鬼と行動をともにするみの一族の子供。十兵衛からは「みのちゃん」と呼ばれている。
鬼武者の英雄談を聞かされて育っており、鬼武者を含めた「侍」という存在に純な憧れを抱いていた。
蒼鬼の鬼神の如き戦いぶりに魅了され、それからというもの常に彼と行動を共にするようになった。
空間移動などの不思議な力を持っている。
阿倫(ありん)(声:早川いほ)
比叡山の寺に住む、自称・お茶目でかわいい尼僧。鬼や幻魔については精通した知識を持っている。
少女のように見えるだけで、立ち振る舞いや口振りから察するに、実年齢はかなり高いようだ。
天海とは古くからの知り合いでもあり、ずっと昔から共に幻魔と戦っていたようである。
その正体は人間になり尼僧となった阿児。鬼武者3でもある条件を満たしてクリアすると、人間版の阿児が見られる。
豊臣秀吉(声:大川透)
信長亡き後天下を統一した太閤・秀吉。
妖星の出現と共に幻魔の力に目覚め、かつての主君・織田信長と協力関係にあった幻魔達と結託。
幻魔蟲を生み出す「桜」こと幻魔樹を京・醍醐寺に集め、醍醐の花見なる計画を企てる。
淀君(声:横尾まり)
本名を茶々といい、お初の姉に当たる。お市の(義理の)長女である。
義母お市の夫・柴田勝家を戦で殺した男の寵愛を受ける事で戦国が終わるならと、あえて秀吉の側室になるほど心根の優しい性格だったが、秀吉の覚醒と共に、夫の行う政策に異を唱える秀吉の実母・大政所や正妻・北政所を抑え付け、嫡子・秀頼の生母としての権力を振りかざす様になる。

2009年01月21日

ババヘラ

ババヘラとは、主に秋田県で露天販売されているアイスクリームの一種、およびその販売形態。「ババヘラアイス」とも呼ばれ、また一部地域では「ババベラ」とも呼ばれる。

中年以上の女性(おばさん)が、金属製の「ヘラ」を用いてアイスクリームを盛りつけることによる呼び名である。幹線道路そばやイベントの会場近くでしばしば見られる。降雪期を除いた春から秋にかけて販売されるが、一般には夏場に多く出店され、夏の秋田の風物詩となっている。

「ババヘラアイス」の呼称は、有限会社進藤冷菓により2001年に登録商標(第4567995号)として申請・登録済みであるが、他にも複数の業者が同様な形態でアイスクリーム販売を行っており、それらも総称して一般に「ババヘラ」と呼ばれている。
道路脇に立てられたビーチパラソルを日陰にして腰掛けたおばさんが、頬かむりに長袖シャツという姿で、ドラム缶やミルク缶状のステンレス製保冷缶にアイスクリームを収め、それを前に置いて販売している。

「ババヘラ」と総称され、この呼び名での通りがよい露天アイスクリーム店であるが、道路沿いでの営業から来る「交通安全アイス」、郷土色を出した「ふるさとアイス」、パラソルにちなんだ「パラソルアイス」などと、表記はまちまちである。「ババヘラアイス」の商標を持つ進藤冷菓の場合、パラソルは飲料メーカーの提供で、「ババヘラアイス」と表記した専用の帯(横断幕調)を使っており、他社と区別できる。

注文すると、「おばさん」はアイスクリームの入った保冷缶の蓋を開け、コーンにヘラを使って、アイスを盛る。このことから、半ば親しみを込めた荒っぽい呼び方として「ババヘラ」の呼称が生まれたようである。

アイスはバナナとイチゴ味で、大方はバナナの方が多く盛られる。食感としては、アイスクリームというよりシャーベットに近く、厚労省令第370号による分類によれば「氷菓」であり、アイスクリームではない。通常の盛り方は至って素朴なものであるが、まれに「バラ盛り」(花のバラの形態に似せて盛る技能)などの飾り盛りを巧みとする「名人のおばさん」も存在する。

ババヘラの背景
頬かむりに長袖シャツという姿は、農作業の服装そのままであり、農家の女性が農業の傍ら副業として販売したことに発祥する。日射しに備えた農作業向けの服装は、長時間にわたり屋外での販売に従事する場合に都合が良いという面もあるが、現在では「ババヘラ」のユニフォームのような存在にもなっている。

販売員である「おばさん」たちは、早朝6時半前後の時間帯に専用の送迎車に数人単位で乗り込み、秋田県ならびに隣県(主に北東北)の幹線道路の駐車スペースなどに販売機材と共に送迎される。販売時間は通常、日没までには終了し、送迎車で撤収する。

「ババヘラ」は、学校の運動会やイベント、スーパーマーケットなどに出店するケースもある。またこの系統のアイスクリーム販売には、プラスチックケースに入ったアイスや、モナカに詰めたアイスを売る訪問販売の形態も見られる。

売り子の年齢・性別によって地元での呼び方が変わることもある。「おばさん」でなく、若い女性(多くはアルバイトの高校生)が売っている場合は、「ギャルヘラ」または「ネネヘラ」、それより年かさだがおばさんと呼ぶには若い女性が売る場合は「アネヘラ」とも呼ばれ、農家の男性が売ると「ジジヘラ」と呼ばれる。

歴史
1950年頃から、進藤冷菓が農家の主婦を販売員にアイスを卸始めたのが始まりとされる。ただし、同種の業態を採る児玉冷菓では、保冷缶に「秋田名物・元祖アイスクリーム」(現在は「ババさんアイス」)[2]と表記した幕を張っており、また公式ホームページにも「児玉冷菓が元祖です」と公表しているが、今の販売スタイルを確立したのはどちらが先か定かではない。

初期のアイスの色は白一色だったが、1960年頃から黄色一色に、1970年頃から現在の黄色(バナナ味)と赤(イチゴ味)のスタイルとなる。

道路沿いで販売され始めたのは、モータリゼーションが進行した1975年頃、国道7号線沿線からであるとされる。初めは「交通安全アイス」などと掲示されていたが、一般からババヘラと呼ばれるようになったのは1980年頃のようである。当時の高校生の間から生じた呼び方という説、秋田県内を案内していた観光バスのバスガイドが、乗客の質問にとっさに答えたのが始まりという説などがあり、真相は不明であるが、自然発生的な呼称であろう。
レオソーム ガードマン ドアマット おぜいゆ ウォッチ チュール ハシェマ タンギ シラン 手をつなご チュウゴ ブルーボ マンダ 散歩道 アカマツ 弾丸ファ スキーマ ロック マコロ 陽炎 長徳国内 セーフ ヒストン マナー プリーナ ルベリー レポオペ ゲエゲア ナンセン ジーンズ プレパレ マスト チェリー ペック ふき小松 トモグラ ショート とうげ シボレー トランジス じくど タッピ そうあん クーペ カタカナ ドラセナ シンバル ぞうげ すうぃ? プログ

近年、道路交通法や食品衛生法の改正により、規制が厳しくなってきており、こののどかな販売スタイルを路上で見かけることも少なくなってきたが、秋田自動車道のサービスエリアなどでの販売も見られるようになっている。

2005年7月8日より9月5日まで開催された、大阪市港区の天保山マーケットプレースで「天保山アイス博覧会」に7月8日から10日まで特別出店。売り上げ第一位になった。 

金属バットとババヘラの関係
進藤冷菓では、機械から出来上がってきたアイスを金属バットで突き、空気を抜いて食感にシャキシャキ感を出すという工夫、考案をした。金属バットを使用するのは、空気を抜く作業の際、ちょうどよい重さであるためとTVなどで公表しており、そのほかの食品で使われている道具などでも試してみたが、シャキシャキ感がでないということで現在に至っている[3]。

類似例
青森、長崎では、「チリンチリンアイス」「チンチンアイス」が存在する。鐘を付けたリヤカーで売り歩いていたため、この名が付いた。ババヘラとは、固定式か移動式かで区別される。
沖縄では道路沿い等に同じようにパラソルの下で「アイスクリン」なるアイスクリームを売っている。食感はシャーベットに近く、バニラとチョコの2種類が多くをしめる。売り子のほとんどは中学生くらいの女の子である。
高知でも同様に道路沿いでパラソルの下でアイスクリンを販売している。盛り付けにはヘラではなく、アイスクリーム用のスプーンを用いる。売り子の多くはアルバイトの10代女性、もしくは中高年の女性である。

2009年01月14日

アストラル関係者

伊庭 司(いば つかさ)
<アストラル>創業者で初代社長。最後の妖精博士であり、一部の人間から『魔法を使わない魔法使い』と呼ばれている。子供のような性格で、猫屋敷をからかうために当時は大変高価であったパソコンをアストラルに導入し、ホームページを開設しようとするほど。大変羽振りが良いそうで、時には億単位で金を使用するらしい。いつきの父で7年前に行方不明になったままである。
魔法を一切使うことができない。代わりに、魔術ひとつひとつの効用や術式をパターン化し、組み立てた対魔法用理論を用いて味方に鋭い迎撃指示を出すことができる。精度は妖精眼に匹敵するほどであり、異名「妖精博士」の所以でもある。指示をするときの掛け声は、妖精眼が開いたいつきと同じ「社長命令だ」。
12年前に布留部市にて<螺旋なる蛇(オピオン)>と竜を巡って戦うことになり、それがきっかけで今の場所に事務所を移転した。
その魔術師らしからぬ思想は<螺旋なる蛇(オピオン)>からも恐れられる。
いつきを遥かに超える五行拳の使い手でもある。しかし、本人曰く「一発芸」。いつきの戦闘スタイルは彼に酷似している。
ユーダイクス・トロイデ
声 - 安元洋貴
<アストラル>創業者の一人で元取締役。赤髪で彫りの深い顔立ち。2メートル近い巨体に純白のインバネスをまとった錬金術師。いつきの父・司が<アストラル>を設立する際に共に参加したが、その司が失踪した後は最初に<アストラル>から脱退した。<アストラル>の経営権の2割を保有している。
人間ではなく、伊庭司に拾われた機械人形(オートマタ)。司が失踪した後は<アストラル>を抜けて司の跡を追おうと研究を進める。錬金術師の事件では、いつきから<アストラル>を取り戻す為に<アストラル>の現メンバーと魔術決闘をする。その後、ラピスとともにエジプトへ向かった。<アストラル>が<協会>の審査を受ける為に向かった先、ロンドンで発生した<螺旋なる蛇(オピオン)>による襲撃事件で物語へ再び登場する。
いつきの眼帯の製作に関わった3人のうちの1人。彼の保有する2割の経営権は後にアディリシアに引き継がれることになる。
柏原 代介(かしわら だいすけ)
<アストラル>創業時に初代社長である司に誘われて<アストラル>へ参加した。 どこかオドオドとした口調で喋るお人好しそうな表情の男で、着古したダークスーツを着用した魔法使い。道術を使う。
正体は<協会>所属の『魔法使いを罰する魔法使い』である影崎。

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